素粒子論とは?

私の研究分野は理論物理学の素粒子論です。特に超弦理論の研究を中心に行っています。超弦理論は、英語では superstring theory で、超ひも理論と訳されることもありますが、業界内では超弦理論という訳が一般的です。

素粒子論は、この自然界が何からできてきて、どのような法則に従っているかを明らかにすることを研究対象とする分野です。もちろんこれらが分かったとしても、それですべてが分かるわけではありません。例えて言うならば、将棋にはどのような駒があって、それらがどのようなルールで動くかが分かっても、将棋が強くなるわけではないということに近いかもしれません。しかし、将棋が強くなるためには、ルールを知らなくては始まりません。素粒子論は、自然界の理解を目指す理論物理学の様々な分野の中で、基礎的な役割を担っている分野です。

さて、それではこの自然界はどのような法則に従っているのでしょうか。この問題を

 (1)自然界は何からできているのか
 (2)それらの間にどのような力がはたらいているのか
 (3)力がはたらくとどのような運動をするのか

という3つの側面に分けて考えてみたいと思います。しかし、後ほど明らかになるように、実はこれらの3つの側面は統合されて行きます。

まず自然界は何からできているかについて考えてみましょう。コップの中の水は水分子が集まったもので、水分子は水素原子と酸素原子が結合したもので、水素原子や酸素原子などの原子は陽子と中性子からなる原子核とまわりを回る電子からできています。自然界は陽子と中性子と電子からできている、を第一段階での答えとしましょう。

次に陽子や中性子や電子の間にどのような力がはたらいているかについて考えてみましょう。質量があるものの間には Newton の万有引力の法則に基づく重力がはたらきます。また、電荷を持つものの間には電磁気力がはたらきます。従って、自然界は陽子と中性子と電子からできていて、それらの間には重力や電磁気力がはたらいている、とまとめることができます。

そして力がはたらくとどのような運動をするのでしょうか。これは Newton の運動方程式に従った運動をすると答えることができます。従って、自然界は陽子と中性子と電子からできていて、それらの間には重力や電磁気力がはたらいていて、Newton の運動方程式に従って運動する、というのはかなり良い答えです。

しかし、この答えは3つの側面すべてにおいて修正が必要です。まず、自然界は何からできているかについてですが、陽子や中性子はクォークからできています。クォークは現在のところ6種類が見つかっていて、ダウンクォーク、アップクォーク、ストレンジクォーク、チャームクォーク、ボトムクォーク、トップクォークと呼ばれています。電子については現時点では何かからできているという実験的な徴候はありませんが、電子のほかに電子と似た性質を持っていて質量が異なるミュー粒子とタウ粒子が見つかっています。さらに電子、ミュー粒子、タウ粒子のそれぞれにペアとなるニュートリノが見つかっていて、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノと呼ばれています。

そしてこれらの粒子の間にはたらく力は重力と電磁気力だけではありません。クォークの間には「強い力」(strong interaction) がはたらいています。強い力は文字通り電磁気力よりも強いので、陽子や中性子が電磁気的な斥力に打ち勝って原子核を構成することができています。一方、放射性物質の崩壊などは「弱い力」(weak interaction) によって引き起こされています。放射性物質によっては半減期が長くてなかなか崩壊しませんが、「弱い力」が弱いことが一因です。また、ニュートリノには強い力や電磁気力ははたらかず、重力も無視できます。そして弱い力が弱いために、今もたくさんのニュートリノが私たちの体を通り抜けていますが滅多にぶつかりません。

力がはたらいたときにどのような運動をするかについては、Newton の運動方程式は驚くべきほど適用範囲の広い法則です。私たちの日常生活のスケールを1メートルぐらいとして、太陽と地球の間の距離は1億5千万キロメートルぐらいですが、これほどスケールが違うのに同じ法則で運動が記述されるということは本当に驚くべきことです。しかし、Newton の運動方程式にも適用限界があります。まず、光の速度ぐらい速い運動の場合は、アインシュタインの特殊相対性理論を用いて記述することになります。次に分子や原子ぐらい小さい世界では量子力学を用いて運動を記述することになります。また光などの電磁波も Newton の運動方程式では記述されません。

それでは分子や原子ぐらい小さい世界で光の速度ぐらい速い運動はどのように記述されるのでしょうか。また、光などの電磁波は、この自然界は何からできているかという観点からはどのように考えれば良いのでしょうか。一見、全く異なる2つの問いのように思われますが、実は関係しています。まず、小さい世界で速い運動を記述するためには量子力学と特殊相対性理論を組み合わせる必要があります。それを実現するのが「場の量子論」です。場の量子論では、電子の運動は「電子を記述する場」を用いて表されます。クォークやニュートリノなど、粒子ひとつひとつに対応してひとつの場が存在します。すなわち、場の量子論では自然界は何からできているかという問いに対する答えは、自然界は電子を記述する場、ミュー粒子を記述する場、タウ粒子を記述する場、電子ニュートリノを記述する場、ミューニュートリノを記述する場、タウニュートリノを記述する場、ダウンクォークを記述する場、アップクォークを記述する場、ストレンジクォークを記述する場、チャームクォークを記述する場、ボトムクォークを記述する場、トップクォークを記述する場からできているということになります。そしてどのような力がはたらくかという問いに対しても、どのような場があるかという答え方になります。例えば、電磁気力は電磁場を用いて記述されます。この電磁場に対して場の量子論を用いることにより、分子や原子ぐらい小さい世界での電磁気力を記述することができます。強い力を記述する場はグルーオン場と呼ばれ、弱い力はW粒子を記述する場とZ粒子を記述する場を用いて表されます。

しかし、弱い力をW粒子を記述する場とZ粒子を記述する場を用いて表すためには、南部先生がノーベル賞を受賞することになった業績である「自発的対称性の破れ」という機構が実現されていないといけません。そのためには今までに登場した場だけでは役者不足のようで、ひとつのシンプルな実現方法としてヒッグス場と呼ばれる場を用いる方法が知られています。そして、2012年の7月、スイスのジュネーブ郊外にある CERN という研究所で行われている Large Hadron Collider (LHC) という大型加速器を用いた実験で新粒子が見つかったという発表があり、今までの実験結果は、その粒子を記述する場がヒッグス場であるということと矛盾していないようです。

ここまでの話をまとめると、自然界は電子を記述する場、ミュー粒子を記述する場、タウ粒子を記述する場、電子ニュートリノを記述する場、ミューニュートリノを記述する場、タウニュートリノを記述する場、ダウンクォークを記述する場、アップクォークを記述する場、ストレンジクォークを記述する場、チャームクォークを記述する場、ボトムクォークを記述する場、トップクォークを記述する場、電磁場、グルーオン場、W粒子を記述する場、Z粒子を記述する場、ヒッグス場からできていて、その運動は場の量子論を用いて記述されるということになります。

ひとつ忘れていることがありました。それは重力です。重力も重力場によって記述され、特殊相対性理論に重力場を組み入れた理論がアインシュタインの一般相対性理論です。先ほどの自然界を構成する場のリストに重力場を追加したいところですが、重要な問題があります。一般相対性理論で記述される重力場を場の量子論を用いて量子力学的に扱おうとするとうまく行かないのです。私たちの日常生活においては重力は大きな役割を果たしていますが、量子力学で表す小さい世界では重力はとても弱い力です。加速器実験でも重力は無視することができます。従って、重力を量子力学的に扱わなければならない現象は今のところありません。しかし、私たちは重力があることを知っていて、一般相対性理論は高い精度で検証されています。そして分子が安定して存在するためには量子力学が重要であることも知っています。とても基本的なこれら2つのことを、私たちは矛盾のない理論的な枠組みで記述することができていないのです。これはアインシュタイン以来、理論物理学における100年近く未解決の宿題になっています。また、ブラックホールの中はどうなっているのかや、宇宙が始まって間もない頃のことを真剣に考えるためには、重力を量子力学的に扱うことは避けられません。

一般相対性理論と量子力学を融合するというこの難問に対して、重要な手がかりを与えると期待されている理論が超弦理論です。超弦理論については後ほど続きを書きたいと思います。